2015-09-23

東京都現代美術館「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」を観てきました。


東京都現代美術館「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」を観てきました。



このブログを見て頂いてる方は
私は会田誠さん作品の大ファンでであると同時に
岡田裕子さんの映像作品の大ファンで
お二人の紡ぎ出す文章の大ファンでもあることは
よくご存知だと思います。

そんな皆様が寅ちゃんと一緒に作品を作る!と聞き
こりゃ行くしかないっしょどうにかして行くわよと
調整総動員して9月に観に行くことになりました。
(なので開催直後のいろいろな出来事にバタバタしていました)


念願の一時帰国。しかもWSにも当選。
息子にWSの参加をしてもらっている間、
私は全体の展示を何度も何度も歩き回りました。



今回のこの展覧会は
通常夏に行われる現美の子供むけ展覧会において
私にとって忘れられないものになりました。
それは子育て中のざわざわそのものと
親としての覚悟的なものが愛憎弁当のように無作為に同居してる!
まさに今の子育ての世界そのもの!
と感じることができたからです。



まだ鑑賞前に
「これは子供むけではないのでは」という指摘をしてる大人が
けっこういて
正直不思議だったんです。
そもそも子供むけ展覧会ってなんなのよって。




実際に観てわかったのは
「子供向けの展覧会」というスタイルにはまらない
よく言えば自由奔放、
悪く言えば大人のイメージする「こども」から逸脱した
この空間は
子育てしている親からしたら
とても「日常」な空気だよなということです。



そして同時に「子を守る」という覚悟が
すべてのカテゴリーで強く感じることができる
とても貴重な場になっていました。


他人から来るいらぬ無責任な指摘ってありますよね。
「お弁当に冷凍食品入れるなんて」とか。
そういう時に感じる
「あたしがこの子の安全を考えないとでも思ってんの!!
 あたしがどれだけこの子を守る!って思ってんの!!!」
的な覚悟。
そういう覚悟が随所にあるなあと感じました。



特に「会田家」の展示は親としての覚悟が随所に感じられました。
私はあの空間を体感できて幸せでした。



家族は大事。でもひとりになりたい時もある。
「はじまるよびじゅつかん」と「会田家」の距離感は絶妙でした。
ここだけは「保護者が子供から解放される立場」で鑑賞が可能なんですよね。
そしてひとりで「会田家」という家族のカテゴリーをみて
「家族という場所」「家族の中の自分という場所」を
ダイレクトに問いかける行為は
自分の中で「自分の場所」「自分じゃない場所」そして
「そもそも場所って何」など深い問いかけがループしてくるんですよね。


「みんなここに長居するのってわかるわ」


と思いました。


立場上美術館で親子連れがいると
ついつい観察してしまうくせがあります。
今回ほど親が自然体でその空間に委ねていた
展覧会は珍しいです。みなさんとても自然でした。
子育てはこうあるべき
こどもと一緒だと大人はこんな風に行動すべき
いろいろなしがらみから自由になった場は
もしかして常に子育てに息苦しさを感じている
日本の親子が求めている「だれのものでもない場所」
なのかもしれないなと思いました。




なのでこの感情に流されると
「ヨーガンレール」はラストでしょ!と勝手に思い込んでたんです。
アルフレド&イザベル・アキリザンがラストという展開に
個人的にものすごく動揺しました。
「私の場所」を改めて作るという能動的行為が最後に来るということに
この空間を作ったすべての方が希望を前に押し出す勇気をお持ちなんだなと感じました。



今回、図録がないと聞いてます。
すごく残念です。撮影可なわけだから記録はたくさんあるのに。
どうにかならないものなのかしら。
絶対に記憶に残しておくべき展覧会です。
ぜひ足をお運びください。
10月12日まで。
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theme : 美術館・博物館 展示めぐり。
genre : 学問・文化・芸術

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