2014-08-20

森美術館「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」を再訪してきました。


森美術館にて

「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」

を再訪してきました。


内覧会からなかなかお邪魔出来なかった
こちらの展覧会。
久しぶりにじっくり観てきました。



息子は内覧会の時は
インタビューがあったりカクテルパーティーがあったりなど
大忙しだったので「落ち着いて見れる!すごく嬉しい!」
とすごく喜んでくれました。



さて今回なのですが
子供と私の大きな環境の変化によって
視点がすごく変わっていたことに
私たちはすぐに気づかされました。具体的には



社会は沢山のスタイルの人間により
形成されている、そして自分達もその1つである



という視点に自分達が変化していたことです。
渡星を繰り返している(まだ完全引越してない)
から尚更そう感じるのだと思います。
生活する環境でここまで印象が違うのか
この視点がいかに重要であるかを
私たちは展覧会の中を進む度に
どんどん思い知らされます。



こどもを通じてというタイトルですが
こどもという言葉で「迷いのない視線」を
意識させたかったのかなと感じました。
迷いのない視線を感じると
自分のブレブレがより一層際立ちます。
多様性を自然に受け止めるという
考え方がもてないと
相違がすごく気になってきます。
ちょと違うだけなのに
その相違のまわりを
大きな壁を作ってしまう。
相違を過度に意識すればするほど
その壁は高く、険しくなります。



戸惑いの視線
壁を構築中の視線
そして
作られた壁をすり抜けて
自由に遊ぶ視線。
沢山の視線が交錯しあう
展覧会になっていました。


その視線のブレのブレブレ感。
鑑賞のハコの中にいると
突然気がついちゃうんですよね。
自分のブレも、他人のブレも。



その気づいた人の動揺の度合いも
観ていてすごく印象的でした。
何人か「他人のブレ」に気づいてる人がいて
その人が「気づいてること」を必死に隠そうと
している様もまた面白かったです。
なんか社会の縮図みたいな感じがしました。



そんなブレブレ探り合いの中
私が面白いなあと感じたのが
「キャプション・プロジェクト」。
子供達がキャプションを考えた様です。
しかし息子の反応はクール。息子曰く



「えんりょしてるよね。本当はもっといろんな言葉があったと思うよ」



と話していました。
山本高之さんの作品の時も同じ様なことを話していたので
「日本の子供は大人の視線を気にして表現を遠慮する」
というイメージが自分の中で出来上がってしまってるのかと
考え込んでしまいました。
これも「相違の過度な意識」とリンクしてるような気がします。
っていうかうちの息子さん、そんなに表現の機会の上で
「我慢」が多かったのだろうか。。。
本人は「小学校の作る授業がルールが多くてつまんなかったの」と
少しだけ教えてくれましたが。。。



表現において遠慮や我慢から
解き放たれるチャンスを与えてくれるのが
美術館だと私は思います。
展覧会は永遠ではありません。
出口があります。
だからこそ、この感覚を思う存分味わって頂きたいです。
この相違の視線をどうやったらより強く感じるかなと
自分なりに考えたのですが
旅行(場所はどこでもいい)に行った後かなと思いました。
ここではない相違の感情がまだ体に渦巻いてる時に
様々な表現を体感すると
相違についての気持ちのブレが純粋に体験出来そうな気がします。
ぜひ足をお運び下さい。



8月31日迄。無休です。
スポンサーサイト

comment

管理者にだけメッセージを送る

アクセスカウンター
カウンター
プロフィール

Author:seina
FC2ブログへようこそ!

最近の記事
検索フォーム
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
Blogram
blogram投票ボタン
カテゴリー
小さな天気予報

-天気予報コム- -FC2-
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

QRコード
QR
ブログ内検索
RSSフィード
リンク