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2020-03-23

活動制限が起きてるからこそ文化芸術は必要と感じる今日この頃

新型肺炎(COVID-19)が猛威をふるっています。
私の住むマレーシアでは
大規模宗教集会をきっかけに感染者が猛拡大。
政府から活動制限(ロックダウンと評してる人もいる)
が3月18日から実施されました。

現在、企業、学校がクローズになり生活は
基本的なもの以外はストップしています。
子供の学校はオンライン授業になりました。

でも、何もかも止まっているわけではありません。
スーパーで買い物はできるしデリバリーも営業中。
公園やプール、ジムは閉鎖(接触感染を防ぐため)なので、
我が家では事前に買っておいた運動器具で
せっせと運動しながら自宅で静かに過ごしています。
(ここ数日家から出てないので状況よく分からない)



このような状況において、
私は去年の夏に訪れた大島を思い出します。
大島はかつて、ハンセン病患者が隔離され、
彼らはそこから動けない状況になっていました。
まさに、行動制限です。
そしてこのハンセン秒隔離施設からは
多くの素晴らしい芸術表現がうまれました。
特に、大島の瀬戸内国際芸術祭にて
政石蒙さんを扱った山川冬樹さんの作品
「海峡の歌」「歩みきたりて」は
強く、強く印象に残っています。


2019-08-22
瀬戸内国際芸術祭。もうすぐ秋会期なので、大島について振り返る




「ここから動いてはいけない」
「人と自由に交流してはいけない」



政石さんはモンゴル抑留中にハンセン病が発覚。
隔離の故大島に隔離という壮絶な人生を送られた方です。
隔離をきなり言われたらどんな気持ちなるのか。
去年大島を訪れた私には十分理解が出来ていませんでした。
行動制限をかけられた今、
こういうことなのかなとぼんやり考えたりします。
もちろん状況の度合いは雲泥のですが、病と生き方、
そして命とはなどいろいろ考える
とても深い時間を過ごしています。

政石蒙さんの綴る文章は本当に心に突き刺さります。

今、改めて「花までの距離」を読み返します。



こちらの文献にも心揺さぶられます。


いのちの初夜 Kindle版 北条 民雄



生きること、
自由に生きられないこと、
それぞれ何かと共に生きること。


感じたことは1つ。
「その時の状況、気持ちを表現で記録することの大切さ」です。
正直、現在の新型肺炎に関する情報は
インターネットに溢れ過ぎています。
吐き出された情報に溺れそうになっています。


なんてことをメモしていたら。
3月20日のDOMMUINEで
数々のアーティストさんが同じ方向で
色々なお話をしてくれて
本当に本当に面白かったです。


ReFreedom_Aichi Presents「空気・アンダーコントロール」


アーカイブはこちら。
SUPER DOMMUNE 2020/03/20 ReFreedom_Aichi Presents「空気・アンダーコントロール」



この、アーカイブはマジでみた方がいいです。
神回です。


そして私も「自分が書けること」を
書き続けていきたいと思います。
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theme : ひとりごと
genre : 学問・文化・芸術

2020-03-10

9年間

9年前は、こんな日だった。


あの日


私の父は、会津若松の出身だ。
しばらく会津には縁がなかったのだけど、
父が亡くなってから私は頻繁に会津に行くことになった。
それは母を連れていくという任務が私に課せられたからだ。

私には兄がいるのだけど兄も体調を崩してしまったので
母の付き添いは私が担当することになった。
よって、かなりの数、会津に出向いた。

昔は、父の田舎に行くときには電車で簡単にいけたような
気がしたのだけど現在は郡山から長距離バスで行くことが多かった。
非常に不思議な感じだった。
なぜなら、この土地に幼少の時ほとんど降りたことがなかったから。
通っていたはずなのに、知らない場所。

私は家族の仕事の関係で日本からシンガポールに転居した。
父の見舞いに行く度に息子は深夜便で熟睡できる小学生になった。
そして父が亡くなり、葬式、四十九日、1周忌。
その後は母の調子や私たちの用事も影響したので会津を訪れるのは変則的になった。

郡山駅からバスに乗って、高速道路を走ると同じ県内なのに、明らかに景色が変わる。
流れる景色を見ながらいつもこの移動してる自分の存在を考える。

「父親の葬儀で日本に帰る」

息子がシンガポールで通っていた学校には日本人はほとんどいなかった。
なので、クラスメイトにとっては彼が「日本」だった。
小学校でも討論が多かったそうで、この時期になると地震の話題はよく出てきた。
父は1月に亡くなった。当時通っていた学校は1月から新学期のシステムだった。
新学期が始まってすぐ、私は学校に付き添い葬儀のために4日休むと伝えた。
行き先を伝えると、先生や子供たちの顔色が変わった。

息子はよく聞かれた「地震の時どうだったの」。
彼は何度も自分は東京にいたと話したけど、
でも彼らには聞こえていなかったようだ。
そりゃそうだ。インパクトのある地名が一回インプットされてしまったら、
そう簡単にはアップデートできない。

別に父の死は地震と全く関係がない。
そもそも墓があるだけで、福島には住んでいない。
でも、いくら説明してももう相手には届かなかった。

彼らはまるで私を戦争からの逃亡者のような目で見つめた。
そして「何かできることがあったら言って」と言う。

いや、だから。。。


もういいや。


葬儀関係で会津に行くたび、お寺さんとは色々な話をした。
最初は私は黙っていればよかったが、
後半は私が中心人物になってたので色々な話をした。
おそらく母と来るのは最後ではと思われる春、
息子と母が先に玄関を出た後、住職さんに


「お父さんもおばあちゃんも本当に喜んでると思いますよ。遠くからありがとう」


と言われてその時は泣き崩れてしまったことを思い出す。
会津は山間部なので地震の被害はあったけど
それ以外についてはかなり改善がされている。
でも色々な感情を持つひとがいて、まだいろいろ大変で。。
と言う話を聞く度に

「人は自分の世界からしか、外を見ていない」

と改めて思い知らされる。


こんな経験を繰り返すと、
「人は個人の歴史を都合のいい部分しか覚えていない」
と学ぶことができる。
それは地震だけじゃない。
今回のコロナウイルスに関する騒動でもそれを思い知らされることが多かった。
私はもう驚かない。人はそれぞれの世界の中で、それぞれのルールで生きている。


また3月11日がやってくる。
私はここ数年。3月11日の午後、いつ黙祷したらいいか、いつも混乱する。
時差があるとわからなくなってしまうのだ。
そして9年という年月が経つと人は思いを自分の中で自己確変していくこと、
そして他人はその人の自己確変を受け入れないと
とてもじゃないけどやっていけないとやっていけないことも、
わかってきた。



誰かに「わかってもらおう」とか思うことは、傷つく勇気が必要。
私にはもうそんな勇気は残っていない。

theme : ひとりごと
genre : 学問・文化・芸術

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