2017-03-14

Japan Creative Center「 Jorel Chan “Vestiges of their Hearts” 」を観てきました。



Japan Creative Centerにて

Jorel Chan “Vestiges of their Hearts”

を観てきました。


今年も3月11日がやってきました。
地震から6年の日々が経とうとしています。


当時。


川崎のヨドバシカメラの屋上の
フットサルコートで行われていた
サッカーの幼児クラスに参加している息子を
私はベンチでぼっと眺めていました。

睡眠不足で頭がクラクラしていたので
最初の揺れは目眩だとおもいました。
しかし揺れはどんどん激しくなります。
これはやばいと思った私は
ベンチから立ち上がって
コーチに「地震です!」と叫びました。

動いていた子供達とコーチは最初気がついていなかったけど
私の声で止まると地震に気がつき思わずしゃがみこみました。
子供、コーチ、保護者がコートの真ん中に集まり
揺れが収まるのを待ちました。
時間としては長くはなかったけど
でも随分長かった気がします。

なんとか揺れは収まり、屋上から
歩いて地上に戻ることにしました。
向かいにあったさいか屋という古い百貨店の窓ガラスが
パラパラと落下していくのを子供に見せないように
私たちは地上に降りました。

コーチの一人が実家が仙台ということで
真っ青な顔をしてるのでみんなで励まし
その日は解散。
他の人は交通の回復を待つと話したが
私たちは歩いて大田区の家へ帰ることにしました。

その距離、16キロ。
「長友が1試合で走る距離だ。長友になれる?」
「なれる。僕にもトーキョー魂がある」

おかげさまで広い道の途中、
トイレを解放してくれる店や
お茶を配って下さる店もあり
2時間半ほどで帰宅することができました。

親切な人たち感謝。
長友にも感謝。



余震はずっと続いていたので
どうしても風呂に入りたいという息子に
今日は勘弁してくれとシャワーにしてもらい
いつもなら閉める寝室のドアを全開にして
寝巻きではなくスポーツウエアを着て寝かました。
食欲はあまり湧かなかった気がします。

子供は疲れてすぐ寝てしまいました。
私はしばらく眠れなくて
ラジオとネットをチェックしながら
美術館の休館情報をまとめたりしていました。
旦那は帰宅難民になりその日は会社に泊まりました。
連絡はずっとネット経由でした。
そして、まだ父は元気でした。



6年前のこと。
遠い昔のような、昨日のことのような。




作品を見ながら色々なことを思い出しました。
そして祖母の実家を連想させるような引き出しを見たとき
父の声が聞きたいと思いました。


この展覧会をシンガポールの人がどうみるのか
正直私にはよくわかりません。
FUKUSHIMAという単語は今でもとても強くて
色々な印象が勝手に流れて行くからです。


展覧会のパーティーにて写真を見ている人たちを
私は何度も見つめました。
彼らに何か言いたくなるけど、でも結果的には黙っていました。


作品で印象深かったのは空。
東北特有の色合いは
猛烈に父を思い出させます。


うう、伝わってる?
と何度も言いたくなりましたが
結局何も言いませんでした。


たくさんの希望も感じました。

Exhibition showcases Fukushima recovery

地元紙の取材を振り返ると
「過去の事実と向き合うこと」
「現在の希望を表現すること」
両方の記載があり、ああ伝えたかったことはこれかもと思いました。



そしてこの展覧会の設備内に東北の名産のパンフレットなどが
配置してあることがとても嬉しくなりました。


何かできることを、伝えられる形で。
やれることは色々あるはずって思いました。


3月18日まで。
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