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2012-01-23

佐藤美術館「 sogno・夢~彫刻家二田原英二と次代を担う作家展~」を観てきました。

TOKYOART040207
佐藤美術館にて

「 sogno・夢~彫刻家二田原英二と次代を担う作家展~」

を観てきました。


今回は次世代を担う作家展に注目していました。
富田菜摘さん、三宅一樹先生、伊藤一洋さんと何度も作品を拝見させて頂いている
作家さんが数多く参加しているからです。


まず富田さん。
毎回毎回数多くの作品を拝見させて頂いておりますが
何度会ってもどの時に会っても本当に心がワクワクします。
息子も富田さんの作品が大好き。
1つ1つのパーツは自分も何度も見た事があるのに
それが彼女の元に集まってくると
とても可愛らしくデザインされているのに【今にも動き出しそうな】
動物達に変わっていくのです。
毎回笑顔を頂きます。ありがとうございます。
今回は親子の作品に思わずにっこり。
息子も「小さい時の僕みたい!」と笑顔でいっぱいでした。



伊藤一洋さんの作品はとてもシャープだけど親しみを感じる作品。
最初は冷たさから入るのだけど鍛えられたアスリートの
筋肉のような血の通った曲線は
見ているとこちらにもパワーを与えてくれます。


三宅先生は訪問時にお会いすることが出来ました。
先生の作品には木から必然的に産まれてくるような
導かれ感を強く感じます。




そして上階では二田原英二先生の個展を鑑賞。
キーとなる作品境にしてイタリア時代と日本時代に分けて展示が構成されています。

そのキーとなる作品は「左保」。
能を鑑賞したことがきっかけで産まれた作品なんだそうです。
うちは親子で歌舞伎が好きなので歌舞伎に関連して能に関しても
少し調べたことがありました。
能は「夢と現実の境界を曖昧にする」も重要な表現の1つだそうです。
(だから能を鑑賞すると眠くなるのは正しい鑑賞法!と書いてあった記憶が。。)
夢から覚める直前とか夢なのか現実なのか分からないことがありますよね。
印象がまるで早変わりのように変わって行く。まるで夢のように。
演者は演じ方で強い勇者にも可憐な娘にも変化していきます。
着替えるわけでもないのに。
演者の、そして鑑賞者の心のゆれ具合で
演者の服装というか存在は華麗に変化をしていきます。
まさに鎧にも浴衣にもなるわけで。
その変化を勢いづけるのは演者の「強さ」だと思うのです。
委ねる強さがなくては勢いは産まれてきません。



この「左保」には作品そのものを鑑賞者に委ねることが出来る「強さ」を
強く感じることが出来ました。
この強さは若手作家さん中心の階ではない空気感でした。
とても安心した気持ちで作品と向き合うことが出来ました。



息子は何度も拝見した富田さん、伊藤さん、三宅先生の作品を堪能した後
二田原英二先生の作品をじっくりと鑑賞。
先生に特別に作品に触らせてもらったり叩いた音を聞かせてもらったりしました。
貴重な体験誠にありがとうございました。
息子はイタリア時代の作品の音を「これはむかしのおとだね!」と話していました。
イタリアと日本の作品の仕上げ方の違い等
興味深いお話を沢山聞かせて頂きありがとうございました。



多元な体感が出来る展覧会です。
ぜひ足をお運びください。



3月4日(日)まで。
月曜休館です。
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theme : 美術館・博物館 展示めぐり。
genre : 学問・文化・芸術

2012-01-23

「ART」は教育じゃなくて思い出と共に味わいたい。

最近よく聞かれること。


「親子でアート鑑賞しているそうですが
 お子さんにどのような芸術教育を与えたいと
 考えていますか?」


芸術教育。。。?
どうして美術(館)+子供=「教育」なの???

例えばサッカー。
サッカーを子供にさせるとき「運動教育」とか言いませんよね。
(今はもしかして言うのか???)
うちの息子もサッカーが好きでクラブやスクールとやってますけど
でもそれはあくまでも
サッカーが好きだし仲間が好きだし
でやっているのであって
運動能力教育のなんてことは思っておりません。はい。


私はそもそも「教育のために」子供と美術館に行くということを
考えたことがありません。
まだ小さいし教育っていってもねえというのもあります。
それに正直「教えてやるぞ」って場所に教えてもらいにいのって
つまんないじゃないですか。
私自身妊娠中に美術大学の公開講座に参加したことがありますが
それはあくまでも私が「学びたい」と思って行きました。


ではなぜ芸術作品に会いに行くのか。
まあ一番の理由はひとりでも楽しめるからというのがあります。ここ重要。
でもひとりでも楽しめるものは他にもある。ではなぜ「アート」なのか。
アートに触れるとはどういうことなのか。
それはそうですね。「思い出と一緒に記憶に残したい」からでしょうか。


今まで私たちは
大事な場所とか
住んでいた家とか
好きなチームとか
美味しいレストラン
等が自分の中で「思い出」として
各自の歴史に刻まれていたと思うのですが
昨今特に

止められない経済の流れとか
逆らえない自然の力とかで

「そこに留まっていたものが簡単に無くなってしまう」
ものだと思い知らされることが多くなってきました。



そう、案外皆はかない。



ではアートはどうなのか。
(色々な人の手に渡るかもしれませんが)
有名な芸術作品はそう簡単には消えないものです。
皆が求める作品であれば
どの人の手に渡っても再び会える可能性があります。


子供の時母親に手を引かれてみた作品を
転校した先の学校の校外学習で観て
そして
別の国で働くようになった時休暇で近くの美術館で再会する。


そんな風に沢山の場所で出会う作品を観ると
きっと沢山のことを思い出すと思うのです。


その時には行けたのにもう行けない場所。
その時には会えたのにもう会えない人。
でも一緒に見た作品は自分の目の前に存在する。
無くなっていないのは自分そのものと目の前の作品。


遠い昔を思い出しながら
そして今の自分を再確認する。
こんな体験が世界の色々な場所で出来るわけです。
なんかすごく世界が広がった気がしませんか?


そんな想いを何度も体験したいから
何度も何度も体験してほしいから
きっと私は美術館やギャラリーにひとりや家族と通い
作品の前に立つのだと思います。


美術館はこういう思い出をフォーカスした鑑賞を
もっとやったら楽しいのにと個人的に思っています。

「この作品のお披露目の年に産まれた子を集めた鑑賞会」
「この作品が発表された年に結婚したご夫婦を集めた鑑賞会」

とか作品とライフイベントを組み合わせたら
もっと気軽に美術に触れられるのになって思ったりしてるのは
私だけなのかな。
私今だに息子が最初に鑑賞した作家さんとか
最初に感想を口に出して話してくれた作品とか
メモってありますよ。
本人が大きくなって作品に再会した時
「ああこれ随分小さい時に観てるんだよなー」って
思い出してくれたら嬉しいです。


みんなどんな気持ちで美術館に行くのかな。
どんな気持ちでもいいし学びでも楽しみでもいい。
美術館への帰り道が楽しい気分でありますように。
もし楽しい気分で帰れたなら
きっとすぐにまた行きたくなりますよ。

theme : アート
genre : 学問・文化・芸術

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