2017-06-19

芸術において本物を見ることよりもっと大切なことはたった1つ

とっても考えさせられる記事に出会いました。


プレジデント・オンライン
病院から出られない子供に"星空"を見せる「宙先案内人」という仕事



病院でプラネタリウムを見せる活動をしてる人のお話でした。
ぜひ読んでみてください。
そして考えさせられ、ちょっとだけ泣きました。




本物を見なきゃ!って何なんでしょうね。




プラネタリウムってのは
まさに本物ではないですよね。
でも、そこにプラネタリウムで満天の星を見たとき
めっちゃ感動しますよね。
流れ星とか沢山見たら尚更感動しますよね。


プラネタリウムは本物じゃない。
でもそこに誰も疑問は感じないわけです。
だって、星を見に行ける場所まで行ける人は限られているから。


でも、感動がそこにある。
わああああ!っていう驚きがある、


ーーーーーー
プログラムでは、まず、その日の夜に見える星空を投影します。最初は街の明かりがついているときの星空。その後、カウントダウンをしながら街の明かりを消して、「ゼロ!」で満天の星を映し出します。

その瞬間、ドームの中に「わぁっ」という声が広がります。重度心身障害者の方の表現はさまざまですが、足をバタつかせたり、声が大きくなったりして喜んでくれます。彼らの表情がパァッと明るくなり、目が輝いているのが、こちらにもわかります。
ーーーーーー

最高じゃないですか。これ。
この瞬間に居合わせた全ての人がああよかったって思えますよね。
「わあああ!」この純粋な驚きとワクワクは、本物の星を見るより大切なことなのですよきっと。

ーーーーーー
できることがかなり制限される長期入院生活のなかでは、子供たちは何かをしたいという気持ちを抑えてしまい、願うことを止めてしまう子もいます。でも、プラネタリウムを見ることで、生きているすごさを実感したり、わくわくする気持ちを思い出したりしてくれればうれしい。そうしたプラネタリウムがもたらす何らかのプラスの効果を定量的に示す研究方法も模索していこうと考えています。
ーーーーーー

私はこのブログで何回も書いていますが
本当に私はダメ人間で、芸術に救われて生きています。
美術館がなかったらきっと私は母親業、いや人間業は続けられなかったでしょう。
なので、悩んでいたり辛い思いをしてる人に


「こんな風に気持ちが楽になれますよ」


っていうお節介おばちゃんのつぶやきのつもりで
このブログを始めアートに関わる活動を続けています。


華やかな場所などは本当に華やかなので
もうクラクラしちゃうのですが


でもやっぱり自分は


「悲しい時、辛い時私は美術館に行ったら楽になったよ」


を伝えることを続けていきたい。
そしてそういう人が「こんなおばちゃんが言うだから行ってみようか」
って思って



「うわあああ😍」


って思ってその帰り道に



「何か美味しいもの買って帰ろうかな」



って楽しく帰ってほしい。
全然華やかじゃないし売り上げとかにも関係ないので
美術界からしたら「アート好きなおばちゃんがウロウロしてる」
だけかもしれませんが



でもそんなおばちゃんの話だったら
ちょと聞いてみようかな



って思ってくれるかもしれないじゃないですか。
本当に苦しくて苦しくてって思ってた人が


その話を聞いてなんか気持ちが変わったら
めっちゃ楽しいじゃないですか。


もちろん本物を見ることも大事だし
その場に行くことはとても重要なことなんだけど
「うわああ😍」って言う気持ちはもっともっと大切。


「単なるアート好きなおばちゃんと子供の徘徊記録を読んで
なんか面白いなあって思って
次の日、いつもとは違う本を本屋さんで手に取ってみた」



これだって素晴らしいアート体験だと思うです。



なんかすごく元気をもらえた記事でした。
私も日本に戻る時にはパワポで病院を回って
「アートのお話をするおばちゃん」とかしたいです。
需要ありますかね?
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theme : 思うこと
genre : 学問・文化・芸術

2017-04-17

仙台で博物館、美術館に関わる様々な人の優しさに触れた。





一時帰国の際、仙台に親子三世代で行きました。
そこで数多くの博物館、寺院に行ったのですが
驚かされたのはボランティアガイドの皆様の優しさ。


親子三世代、しかも孫は半分英語脳的な感じなので
基本が挙動不審。なのに皆さん
どんどん声をかけてくださる。


そして


本当に色々説明して下さる。
はっきり言って、感激しました。




そして皆さんが
この場所を盛り上げよう、きてくれた人に楽しんでもらおうと
創意工夫をしている姿に
感涙状態でした。


この環境作りは
ボランティアさんと学芸員さん。
そして様々なスタッフさんの
協力のもとに出来ているんだろうなあと
自分もシンガポールでガイドをやってるので
改めて思いました。



これって
みんなで協力し合わないと
出来ない。
お互いがお互いの立場に
尊敬を持たないと出来ないですよ。


どっかの大臣が
観光マインドのない学芸員はガン、一掃せよとか
言ってたそうですが
今回の仙台ではそのままの素晴らしい環境を
皆さんがとてもわかりやすく親しみやすく
伝えてくれましたよ。


イベントだなんだ!ってしなくたって
十分楽しめますよ。
英語表記が表示されてなかったとしても
ボランティアガイドさんが
ファイルで説明してくれる人もいましたよ。



学芸員さん、ガイドさんを間違える人って多いんですよね。
私もボランティアガイドしてると
学芸員さんですか?と言われることもあります。
その前に「日本語上手ですね」も多いです。


展示におけるお客様との関係性と言えば
ガイドさんは実際にお客様に触れる役。
学芸員さんはガイドさんがやりやすいように
環境を整える役ですね。


両者は観客からは見えづらいけど
動員数などの数値からは見えづらいけど
密接に協力してそこで
私たち鑑賞者は展示を楽しめるんですよね。


どっかの大臣さんが
学芸員さんだけをターゲットに揶揄するのは
実際にこのような場に行ってないからなんでしょうね。
本当に、こんなに楽しいのに、もったいない。


なので


私が伝えることにします。
私は「今、こんなに楽しく文化芸術を体感できるんだよ」
をわかりやすく伝えることが
役割だと思うからです。



どんどん出かけていくもんね♬

theme : 美術館・博物館 展示めぐり。
genre : 学問・文化・芸術

2017-04-15

一時帰国していました。そして原点に帰る。




私(たち)がギャラリーや美術館を巡るようになってから
あっという間に10年が経過しました。
何度も書いていますが
私が子連れで美術館、ギャラリーを巡るようになったのは
子供の教育とかなんでもありません。


私は日本的なママ友付き合いをこなせる自信が
全くなかったからです。
当然ママ友は出来ませんでした。
日本的なママ友付き合いを否定するわけではないです。
私には、どうしてもできなかっただけです。



しかし、いつまでも家に引きこもっているわけにもいきません。
だったら
子供 のころから好きだったけどぼんやりとして好きなだけだった
美術鑑賞を「真剣にやってみよう」と思ったのです。
出かける口実として。











ギャラリーMOMOは毎回一時帰国の際に伺います。
冷静を保っていますが行くたびに
実は正直泣きそうになります。なぜなら
ここは私を救ってくれたギャラリーの1つだからです。
もし、ここで「赤ん坊連れはちょっと。。」といわれたら
私はきっとここまでアートを見続けていなかったと思います。
いや、もしかしたら
息子と親子関係を構築できていなかったかもしれません。



ここをはじまりとして
私たちは数多くの数多くのギャラリーを訪れ
沢山のアートに関わることで
私は人生を救っていただきました。
そして私たちには沢山の「帰る場所」が出来ました。






当時は「子供連れで美術鑑賞なんて!」と匿名でお叱りをうけることもありました。
私たちの様子をネット上で観て
「大人の都合で(子供らしい遊びもさせないで)美術鑑賞に連れ回している」と
批判しているつぶやきをみて凹んだりもしました。
子供らしい遊びをもっとさせてあげてください!運動させてあげてください!
と匿名でコメントを下さる方もいました。



1日は24時間あって私たちは別に美術館に住んでるわけじゃないのにね。



私は実は言葉の応酬がとても苦手です。
特に激しい言葉(それを本音という言葉に置き換える人がいますが)を
直接ではなく オープンな場所でいきなりぶつけてくる人が
とても苦手です。


正義の定義というのは
人それぞれ、状況によってかわるのに勇気があるなあと思います。
私はその定義を否定するつもりもないです。
定義についての話し合いをいきなり
公共でされるとびっくりしてしてしまう。


私は本当にダメ人間です。
だから間違いも沢山犯します。
注意されたりお叱りをうけることも沢山ありました。


私は美術に救いを求めました。
その救いの求め方は相当真剣にだったと思います。
だから好きなことだけを書き記してきました。
ここまで長く続けてきたので
最初は「素人」という言葉に逃げていましたが
最近はもう逃げることは止めました。
でも無理をすることも止めようと思います。
自分ができるフィールドでは
じぶんという立ち場に責任を持って
自分のペースで自分の好きなことを書き記していく所存です。


もしこれを読んで下さる方で
今、どうしようもなく辛い気持ちだったら
ぜひ美術館に足を運んでほしいと思います。
赤ちゃん連れで辛いという方でだったら
公共のアートスペースでもいいし
サイゼリアに飾られている絵でもいいです。
別に美術じゃなくてもいいんです。
映画館でも図書館でもいい。
何かが表現されてる場所にいってほしい。
そこで表現に身を委ねると
「自分が絶望している世界とは違う「別の世界がある」を
感じ取れるとおもうんです。
その絶望との分断の第一歩を踏み出すことができたら
きっと世界はかわります。


受け入れる努力なんてしなくていい。
許さなくていい。
別の世界があることを素直に感じればいいんです。



全ての表現者に深い感謝と敬意を。
私を救ってくれて本当にありがとうございます。

2017-02-25

エディケーションとかラーニングとか、「そこに愛はあるのかい?」




「ひとつ屋根の下」ですよ。覚えていますか?


最近、日本のアートシーンで
美術教育や美術館教育について
様々なシンポジウムが行われているようです。
自分が一番興味がある分野なので
Macbook Air の画面に穴があくほど
読み込んでいるのですが


やっぱりよく分からないですね。


「美術館教育は人々がそれぞれが楽しめるようになったら終わる仕事」
と(存じ上げていないんだけど私が勝手に尊敬している)学芸員さんが
書いておられました。
「個人は成長しても社会は世代交代していくので、教育普及活動の必要性はなくならない」
とも書いておられてさすがだと思う反面
そもそも美術館って教育されに行くんだって概念で
入らなきゃあかんものなのかが
未だによく分からないんですよ。私。


それは私の中で美術館に教育という概念が
ものすごく薄いからかもしれません。


文化芸術においては
まず鑑賞者はその存在そのものとそこに共存した事実を
楽しむことから始めていいのではと思うんです。
私はそこに教育というより救済というか「愛」を感じるんですよね。


日本語的には教育とは言わないのかもしれない。
でも教育って負の環境や環境、例えるなら貧困や心が風邪をひいた時など
救ってくれるものですよね。


よく私は「なんでお子さんが美術や文化芸術の話を熱心に聞けるのですか?」
と聞かれるのです。
質問して下さった方に話を聞くと「うちの子は全然興味を持ってくれない」
とのこと。なんで、Seinaさんのお子さんは聞けるようになったんですか?


私は大真面目に答えます。
私がダメ母だからですよって。


私は子供を預ける環境になかったのと
友達が全然できなかったので
出かける場所がなくて、美術館に行き始めたんですね。
ここがダメだったら行き場所がなかったんです。
公園も怖かったし、幼稚園も小学校もママ友とか怖くて作れなかった。
本当に怖かったです、でもそれは私が一般的な視点から見たら
ダメ母だっただけなんですよ。
だから違う視点から見たら全然おかしくない!
だからその視点を深めたい!


そこから私の子連れ美術館巡りが始まりました。
この真剣さは息子にも十分伝わっていたと思います。
お母さんを助けてやるか。
きっとそんな気持ちで見てくれていたでしょう。


そこには教育とか学習とかいう意識はなかった。
愛ですよ愛。


そしてその救済の愛から
純粋な面白さを見つけられるようになったのではないかな。
文化芸術、科学技術それぞれですけど
熱心に聞ける子供って別に頭がいいとかより
「愛を見つけられる」観察力があるのではと思うのです。


大学のシンポジウムとか
専門的な企業プロジェクトにおいて
学問的な分析や展望はもちろん必要なこと。


でも実際に美術館に足を運んでる「普通の人」は
そこに愛を求めて、愛をみつけられたら
第一段階は満足なんだと思うのです。。


この愛ってのは
展覧会や作品を楽しめるという学習の愛
一緒に行った人との会話が楽しめたという体験の愛
一緒に行った人が楽しんでくれたという実感の愛
ひとりで行ったけど楽しかったという経験の愛


展覧会には様々な愛を見つけることで
人生を救われるような場合があるわけで
その愛の種まきをしてくださる
作家さんやキュレーターさんには
もう感謝しかありません。
まじで人生救って頂いたと思っています。



そして学問的や経済的に専門的に関わる人に
そこで見つけた「愛」に救われた人がいるという
すごくシンプルな達成感から楽しんでる鑑賞者がいることを
見落とさないでほしいなあと個人的には強く感じています。
まさに「そこに愛はあるのかい?」ですよ。


そこに気づいて頂けるか否かで
高度な段階がものすごく「降りてきてくれる」感じがするんです。


ここを高度なことを議論してる皆さんが
この「単なる鑑賞者」の小さな達成感から感じる「愛」を
もっと「わかってるよ」感を出してくれたのなら
子供の手を引いて美術館に行く親は
もう少し緊張しないでいけそうな気がします。


まず、楽しんでいいんだって。
まず楽しみたい、楽しかったねっで帰りたい。
私たち、単なる鑑賞者はまずそれで笑顔で帰りたいんです。
だって、文化芸術に触れて、親子で笑顔で帰るって
最高に楽しい体験ですもの。


私はきっとずっとダメ母のままでいて
ずっと美術館の様々な愛を見つけ続けていきたいと思います。
これは人として成長してない証なのかもしれないけど。
でも、本当に楽しいので続けていきたいです。

theme : 思うこと
genre : 学問・文化・芸術

2017-01-02

あけましておめでとうございます



2017年、あけましておめでとうございます。
このブログも気がつけば11年目に突入。
付き合ってくれる息子さんに感謝です。


そして去年の振り返りをしてびっくりしたのですが



「展覧会訪問記録が少ない!!!!」



😂😂😂😂😂😂



言い訳はしません。
忙しかったことは事実ですが
でも基本をおろそかにしてはいけません。

寄稿や取材の機会を
沢山頂いたからこそ
この土台をしっかりと強化していきたいと思います。


今年もどうぞよろしくお願いします。



あ、今、シドニーにいます。

theme : 思うこと
genre : 学問・文化・芸術

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